上野まり子のアジアンスター

時代と民族の壁を超えた浅川巧の友情と人間愛を描いた映画「道〜白磁の人〜」公開中

浅川巧
(写真提供:北杜市浅川伯教・巧兄弟資料館)

こんにちは 上野まり子です。
現在公開中の『道〜白磁の人〜』(配給:ティ・ジョイ)は日韓交流の先駆けとして知られる浅川巧の半生を描いたもので、浅川巧生誕120年記念作品だ。記事トップの写真がまさにその浅川巧その人だ。
1891年(明治24年)八ヶ岳の南麓、山梨県北巨摩郡甲村、現在の北杜市高根町に生まれた浅川巧は県立農林学校を卒業後、秋田県大館の営林署で4年間働いた後、1914年に日本の統治下にあった朝鮮に渡った。兄 伯教はその前年に尋常小学校の教師として母を伴い京城(現・ソウル)に渡っていた。
さてタイトルともなっている白磁だが、中国文化の影響を色濃く受けていた高麗王朝時代の青磁に変わり、独自の気風を作り出そうとしていた朝鮮王朝では白磁が主流となった。
多彩な人だった兄が生涯をかけて研究したのがその朝鮮陶磁、中でも彼が白磁に出会った時の感動を「肌の美しさはその暖かさをさへ、想像させる」、「自然の呼吸さえ聞くことが出来る」と絶賛している。その兄の影響もあり巧も朝鮮の工芸品の美に魅せられ、収集と研究に没頭していくことになる。兄伯教はロダンに憧れ、彫刻家を目指していた。そのロダンの彫刻を見せてもらおうと尋ねたのが民芸運動の父と言われる柳宗悦の千葉県我孫子市の自宅。その時の伯教の手土産が後に「青花草花紋面取壷」と命名される白磁の壷。柳はこの壷をきっかけに、後に自身が李朝白磁と呼ぶようになる朝鮮陶磁に強い興味を持つことになる。それはやがて浅川兄弟と共に1924年に朝鮮民族美術館の開館に繋がっていく。日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品、民衆的な民芸品に美しさを見出し、活用していく民芸運動。巧も「正しき工芸品は親切な使用人の手によって次第にその特質の美を発揮するもので、使用者はある意味での仕上工とも言い得る」と記している。巧の朝鮮工芸研究は著書「朝鮮の膳」、「朝鮮陶磁名考」にまとめられた。
ところで巧が京城に渡った1914年当時、そこは日本の統治下にあった。朝鮮人の民族意識を軍の力で押さえつけるという武断政治、日本の風習や価値基準を押し付けたことにより、朝鮮の人々は独立への機運を高めて行き、ついに1919年三・一独立運動が起こった。以後「文化政治」となるが、実質はなんら改められることはなかった。 朝鮮の山を緑に帰そうという使命感を抱き林業技術者として朝鮮総督府林業試験場に勤め始める巧。多くの日本人が朝鮮人を軽蔑する中、朝鮮語を熱心に学び、朝鮮人と朝鮮文化を愛した巧は朝鮮服に身を包み、民族を超えた交流を深めていく。そんな彼の信条は「世界は出来るだけ広く、ゆっくり住むに限る」、偏見や驕りに囚われることなく信じる道をまっすぐに歩んだ。浅川巧が40歳で急逝した際に、親交があった哲学者安倍能成には人類の喪失だと言わしめ、また柳宗悦は朝鮮に対する自身の仕事の半数も成し得なかっただろう。彼くらい<私>のない人はいない。彼ほど<自>を捨てることが出来る人は世に多くない。友人であったことを誇りに思うと称えている。
浅川巧の葬儀は1931年4月4日、清涼里の林業試験場(現・国立山林科学院)の正門前で行われ、その棺は彼の日頃の温情から、追慕する多くの朝鮮人の手により里門里の丘にある朝鮮人共同墓地に埋葬された。後に忘憂里の共同墓地(現・忘憂里公園墓地)に移葬される。1966年には韓国林業試験場職員一同の名により「浅川巧功徳之墓」が建てられ、1986年には同じく職員一同の名で「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる」と刻まれた記念碑が建てられた。その後97年には郷里山梨県高根町と山林科学院およびその同窓会である洪林会の手で整備された。浅川巧生誕120年、没後80年を迎えた2011年には故郷北杜市の人々が訪韓、「浅川巧 日韓合同追慕祭」が行われ、その席には本作の主役吉井悠 ぺ・スビンの姿もあった。素朴で温かみのある、まさに白磁のような人柄だった浅川巧、現在忘憂里の中で朝鮮人によって守られているただ一つの日本人の墓であると言われている。

さて映画の話に戻ろう。
企画開始から7年の月日を経て、3年の製作期間を費やし遂に完成した「道〜白磁の人〜」。浅川巧役にはドラマ「JIN-仁-」、「南極物語」、映画「夕凪の街 桜の国」、「孤高のメス」、他舞台などで幅広い役を確かな演技力で表現し存在感を発揮する吉沢悠。現在NHK大河ドラマ「平清盛」にも出演中だ。林業試験場に勤め始めた浅川巧が朝鮮語を習い友情を深めていく朝鮮人雇人チョンリムにはドラマ「朱蒙 チュモン」、「華麗なる遺産」、「トンイ」で日本でも人気のペ・スビン。監督は「光の雨」、「丘を越えて」、「禅 ZEN」、「BOX 袴田事件 命とは」など、実在の人物や事件を元に人間と社会の深遠を鋭く見つめ続ける高橋伴明。本作では植民地時代の日本人と朝鮮人に横たわる厚い壁を、どちらにも偏ることなく描き出し、浅川巧像を見事に描いた。
映画の中で朝鮮の山を緑に戻すという使命感で結ばれた浅川巧とチョンリムが各地の山を歩き、話し合い、信頼を深めて行ったように、主役吉井悠とペ・スビンもまた映画撮影を通じて友情を深めていった。最初は英語で会話をしていたそうだが、やがて互いの言葉を教え合い、役のこと以外の様々なことも語り明かした。特に共通の趣味である釣りはその親交を一層深めることになった。高橋伴明監督は主役の二人、日韓のスタッフが友好関係を築いたことがこの映画の最大の成果であり、浅川巧が望んでいたことであろうと語っている。
劇中で“日本人と朝鮮人が解りあえるなんて見果てぬ夢なのだろうか”と珍しく弱音を吐く巧に対し、チョンリムに“夢であったとしても、それに向かって行動することに意味があるのではないですか”と言わせている。それは浅川巧の映画作りに集った日韓のスタッフが百年の過去から未来につなぐメッセージでもある。
なお、本作はその製作姿勢が評価され、韓国映画振興委員会の支援する海外映画第1弾となった。


道〜白磁の人〜
© 2012 「道〜白磁の人」フィルムパートナーズ
6月9日、新宿バルト9、有楽町スバル座、他全国ロードショー
公式ページ

【作品概要】
監督:高橋伴明 原作:江宮隆之「白磁の人」河出文庫刊
キャスト:吉沢悠 ぺ・スビン 酒井若菜 石垣佑磨 塩谷瞬 黒川智花 チョン・ダヌ チョン・スジ/市川亀治郎/堀部圭亮 田中要次 大杉漣 手塚理美
製作:小説「白磁の人」映画製作委員会/「道〜白磁の人〜」フィルムパートナーズ
配給:ティ・ジョイ
【ストーリー】
1914年、日本が韓国を併合してから4年後の朝鮮半島。日本人浅川巧と朝鮮人イ・チョンリムは林業技師として荒廃した山々を緑に戻すため、共に歩き、共に語り合い、特別な友情を育んでいく。
しかしある事件がきっかけで、チョンリムは抗日運動の容疑で投獄されてしまう。
時代が生んだ哀しい運命に抗おうとする浅川巧。果たして二人の行方は・・・。
時代の壁を超える友情と人間愛を描く、史実から生まれた感動のヒューマン・ストーリーがここに誕生。




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