上野まり子のアジアンスター

映画『かぞくのくに』ジャパンプレミア舞台挨拶レポ

かぞくのくに
© 2011『かぞくのくに』製作委員会

こんにちは 上野まり子です。
何かと話題になる国、北朝鮮。報道統制というベールに隠され実態がはっきりとは解らない。今日は兄がそんな北朝鮮に渡り、戻れない家族の話を映画化した『かぞくのくに』をご紹介する。

ヤン・ヨンヒ監督

これまでドキュメンタリー作家として数々の作品を発表してきた在日朝鮮人2世のヤン・ヨンヒ監督が自らの家族を、そして実体験を基にした初の長編映画『かぞくのくに』。ヤン・ヨンヒ監督には6歳の時に日本の帰国事業で朝鮮に渡り、そのまま日本に戻ることが出来ない3人の兄がいる。自分の暮らす日本とのあまりにも違う現状。彼女が語る生い立ちや家族への強い想い、兄たちのエピソードを聞いたエグゼクティブプロデューサー河村光康氏は驚愕とも興奮とも言えぬ胸の高鳴りを感じたという。この話を映画化してはどうかというヤン・ヨンヒ監督のアイディアとテーマ性の強さに身震いしたと話している。この問題には単なる悲劇的な運命を背負った在日朝鮮人の家族のエピソードに収まらない深いテーマが潜んでいるのではないだろうかと映画化が実現した。

ヤン・ヨンヒ監督自身の手になる脚本、それは病気治療のために25年ぶりに帰国した兄ソンホと日本で自由に育った10才下の妹リエの心情を通して描かれる。奇跡的な帰国を果たしたソンホを迎えた家族の間に流れる微妙な空気。そして病院での検査で日本滞在が許可された3ヶ月間では治療が難しいとの見解が示される。そんな矢先にソンホの帰国が突然言い渡される。不本意ながら朝鮮へ行った兄、良かれと思って送り出した父、何も言えずじっと耐える母、あの時止めれば良かったと後悔する叔父、そして日本という国で何不自由なく育った妹リエ。家族の微妙な心境が細やかに描かれている。

かぞくのくに

かぞくのくに
© 2011『かぞくのくに』製作委員会

主演兄ソンホ役にはNHK大河ドラマ「平清盛」で崇徳上皇を演じている井浦新。ヤン監督自身でもあるソンホの妹リエは奥田瑛二の娘で若手女優として注目の安藤サクラ。朝鮮総連の幹部でソンホの父役には津嘉山種臣、母親役には宮崎美子、そしてソンホの監視役ヤン同士には映画『息もできない』のヤン・イクチュン監督。いずれも監督自らが大好きだという人々がキャスティングされた。

『かぞくのくに』舞台挨拶

7月12日(木)にはスペースFS汐留でジャパンプレミア試写会において舞台挨拶が行われ、主演の安藤サクラ、井浦新、ヤン・イクチュン、ヤン・ヨンヒ監督が登壇した。
安藤サクラは昨年の真夏、監督自身がモデルの役を必死で演じていた。ヤン・ヨンヒ監督の伝えたい想いが初めてお披露目できる特別な日だと挨拶。兄ソンホを演じた井浦新は監督の3人の兄を一人にした役で、監督の想いを受け取りながらも、想像を超える演技が出来るか戦い続ける15日間だった。ヤン・ヨンヒ組が家族となって撮影に臨んだ、感想を聞かせてほしいとした。

ヤン・イクチュン

ヤン同士を演じたヤン・イクチュンは海の上を走ってきたと会場を沸かせ、撮影現場のサクラとソンホを見ていると当時はそうであっただろうと思えた。この想いは映画に込められていると挨拶した。

ヤン・ヨンヒ監督は日本映画として初めて認められた。酷暑の中でクランクインし、汗まみれになりつつ撮影し、皆の熱意で作品が出来上がった。 兄との関わりには遠慮があり、心にしまい込み、殺していた感情があったが、二人の演技は実体験を超えていた。それを引き出す役をヤン・イクチュン氏が演じてくれた。世界中で素晴らしいキャスティングだと絶賛されており、妥協せずに全員で取り組んだ。今日が日本での誕生日となる。映画は観客のフィードバックによって初めて成り立つ。この大切な日を迎えられて感謝すると挨拶した。
原作はヤン・ヨンヒ監督が自らの家族への想いを綴ったノンフィクション作「兄〜かぞくのくに」(小学館)。其々の兄に1章が費やされ、3章からなる。映画はこの第3章を中心にフィクションの形を取った。映画では原作にはない気の良い叔父さんも登場する。
この日韓国での公開決定が発表になった事を受け、ヤン・ヨンヒ監督は日本の次は韓国でと思っていたので嬉しい。感情表現が豊かな韓国人がどのように観るか楽しみだ。世界中の映画祭に出品し、世界には同じような状況で家族と会えない人がこんなにも多いのかと驚いた。この話は日本人には馴染みがないだろうが、家族其々の想いが描かれており共通項もあるはずだ。個人が政治にどれほど翻弄されるかを感じてほしい。観客の気持ちにずしりと残るものがあれば嬉しいとした。

井浦新

せっかくの機会だから観客の感想を聞きたいという井浦新氏のリクエストに応じ、急遽会場から感想や質問を受ける事に。
感動で涙したという観客は実際に突然帰国を命じられることがあるのかという質問。
この質問には当事者でもある監督が答えた。

実際に3ヶ月の予定で帰国した兄は、急慮2週間で帰国することになった。未だにその理由は不明だ。映画では1週間で帰るという設定にしたが、実際にはその時は呆然としたという。そのようなバージョンで撮影したが、心の中の帰したくない想いを再現したのが2日間かかったという別れのシーン。皆が、もし自分がその場にいたらと考え、役を演じたというより、役を生きたという感じだ。

安藤サクラ

そんなリエを演じた安藤サクラさんはなんだかもやもやしていたが、本番になるとすんなりと演じられたという。まさに自身がヤン・ヨンヒになり切って、傷つきながら感情をむき出しにした。現場では車の後部座席でそのやり取りを見守ったヤン・イクチュン氏は、完成作品とは全く違っていたと話す。
またソンホが心を寄せていた女性に<二人で逃げてしまおうか!>と言わせるが、国という大きな力の元では、力のない個人は<逃げる>選択しかないのか。現在の日本に於いても虐げられ、声を上げることが出来ない人も多くいるが、という観客の質問。
彼女に明るく<逃げちゃおうか?>と言わせたのはソンホが逃げらない人だと知っているからで、ソンホは逃げない人として描いたと監督。

井浦新

ソンホを演じた井浦新氏も、あのシーンでは彼女は逃げられないことを知っている。国に残した妻や家族を捨てても、その人と逃げる確固とした理由があればそのような選択もあっただろうが、そのように生きても今以上の傷を抱えることになったかも知れない。感情の赴くままに行動することも素敵なことかもしれないが、と詳しく分析してみせる。一人の力が集まることによって大きな力となり革命も起きる。大切なのは一人一人の力だと力説した。また日本はそれほど自由な国とは思っていないと彼、限定された自由のその先に本当の自由がある。この作品で家族のあり方と同時に自由の概念を考えるきっかけとなってほしいと語った。 ヤン監督は、日本は自由になろうとあがくことが許される国。現代の日本人も皆何かを背負って生きているようだ。重い荷物を引きずりながらも切り開いて生きていく事、それはリエがスーツケースを引きずりながら歩くラストシーンに象徴されている。 全てから開放されるには真正面に向かい合う事だと断言する監督、この映画が肩の荷を降ろし、コミュニケーションのツールになればと語った。

最後のメッセージ
ヤン・イクチュン:歴史が現代を作っている。過去を忘れることは出来ないが、過去と現代を融合させ、一緒に悩むことで美しく新しい未来を作っていけたらと思う。それが我々の役目だ。
井浦新:すぐに答えが出る問題ではないが、何かを感じるきっかけになればと思う。この作品の背景は、どの家庭でも、誰でも抱える様々な問題だ。この映画を観て感じた事を大切に持ち帰って頂き、じっくり味わってほしい。作品自体に力があるが、其々の想いが表現されている音響も素晴らしいのでお楽しみいただける。公開になった折には再び劇場に足をお運びいただきたい。
安藤サクラ:監督は前々作で北朝鮮に入国禁止になっているにも関わらず、更にこの作品を制作している。監督自身はどのような気持ちだったのか?変わったのかを訊いてみたい。

ヤン・ヨンヒ監督

ヤン・ヨンヒ監督:家族が住んでいるからこそ、北朝鮮を取り上げる。家族に会いたいと思うと、ますます会うことが困難になる矛盾した国だ。北朝鮮と戦たり、反抗しているつもりはないが、当事者ほどびっくりする。北朝鮮のコミュニティーや組織からは阻止しようという働きかけもあるが、かえって力が出る。今回は更に踏み込んだ話で心配だが、考え方を変え、家族を守るために更に過激に主張していくつもりだ。そのため大きな映画祭にも出て行く。ヨーロッパは北朝鮮と国交を持っている国も多く、映画も観ている可能性がある。普通のことが普通に出来る国になってほしい。映画はここからがスタートだ。何度でも観てほしい。

なお、この映画は2012年第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に公式出展され、C.I.C.A.E〈国際アートシアター連盟〉賞を受賞した。その後10の映画祭から招待を受け、多くの賞を受賞。また韓国での公開も決定した。北朝鮮での公開は難しいだろうが、わずかな期待をしている。
また7月23日には原作本兄〜かぞくのくに が小学館から出版された。ヤン・ヨンヒ監督は、原作はノンフィクションで、映画より厳しい現実が書かれている。読んで、観て、また読んでほしいと書店向け試写会で挨拶している。

かぞくのくに
かぞくのくに
© 2011『かぞくのくに』製作委員会
8月4日(土)から
テアトル新宿、109シネマズ川崎ほか全国順次公開
公式サイト

【概要】
『かぞくのくに』
監督・脚本:ヤン・ヨンヒ
出演:安藤サクラ、井浦新、ヤン・イクチュン
配給:スターサンズ
(C)2011『かぞくのくに』製作委員会
【ストーリー】
25年が経過して、兄ソンホ(井浦新)があの国から帰ってきた。妹リエ(安藤サクラ)が心待ちにしていた兄の帰国。ソンホは70年代に帰国事業で北朝鮮に移住した。病気治療のために3か月間だけ許された帰国だった。25年ぶりの家族団欒は微妙な空気に包まれる。一方、かつて同じ場所で学び青春を謳歌した、ソンホ16歳時の仲間たちも彼を待っていた。同じ空気を共有しなかった25年間は家族に、友達に、何をもたらしたのか・・・。

【関連書籍ご紹介】

兄〜かぞくのくに



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